あの大津波から1年目。
今年は閏年なので、(うまいこと?)日曜日に当たった。
午後、政府主催の追悼式があった。
「今我々は歴史的(時間的空間的)にこう云う状況(環境)の中にいる」「愛を捨てずに生抜こう、、」みたいな、無駄無く明快で希望に満ちたなんと素敵な陛下のお言葉だったことか、、。今の我が国の民の魂に必要な内容を、自らの立場の範囲で、漏らすことなく、しかもさり気なく述べられておられたことに胸を打たれた。(ちなみに、みかんは寝ていた)
考えてみれば、「あの大津波災害」からは1年目の今日であるが、「あの原発災害」からはまだそのまっただ中だ。原発災害の「開始から1年目」、、と云う表現はできるが、まだ原発災害被害は終息方向への手がかりもつかめていない。
被災地の方々への支援に非力な我が家であることが侘しいことはそれとして、「明日は我が身」な不安な日々がいつまでも続きそうな我が国の行政や政治の状況が辛く悲しい。我が家としては、「明日は我が身」の気持ちを維持し、少しでも対応策を備えつつ、来年の今日を迎える事になりそうだ。
被災地の方々には引き続き、苦難を乗り越え、新しき時代の在り方と健全で強かな感性の育成を模索していただきたい。
今宵、むのたけじ氏の今日のコメントも聞いてみたいと思いつつ、マックス・ウエバーの「職業としての政治」を父さんは書棚から取り出している。
以上はともかく、、
2時46分から1分間の黙祷を済ませ、みかんは父さんと散歩に出た。
父さんの記憶の範疇で云えば、昨年の今日はこれほど寒くなかった、、と思う。
今日も剪定鋏を持参。
■昨年の今日と比べ、花粉は今年の方が多い。
ここ数日、そしてこれから数週間、外出にゴーグルを欠かせない父さんだ。
このヨット用に購入したオレンジ色のゴアテックス、、なかなか優れもの、、
この色と素材でみかんのレインウエアを誰か作ってくれないものか、、。
ちなみに、、只今みかんは小用中。
■信号待ち。
交差点向こうの新築分譲マンションが売れないらしく、ここ数日、チラシの入ったティッシュペーパーを同じお姉さんが配っている。みかんと父さんは既に認知されているので向こうから配ってはくれない。が、敢えて父さんは毎日こちらから声を掛けティッシュを貰っている。その1袋が散歩中にけっこう重宝なのだ。ちなみに今日は2袋くれた。
■剪定鋏持参の散歩だったが、今日みかんの足は青山霊園方向へ向かわなかった。
昨年の今日のトラウマがそうさせているのかもしれない。無理は禁物。
■向かった先は表参道。
一年目の追悼式が終わった後のせいか、、結構な人ごみ。
今日はなぜか、オレンジ色が目に多く響いて来る。
■骨とう通りで帰路につく。
骨とう通りはその名の通り古美術商(閉店状態であっても)が多い。
お陰で、この通りを通るだけで、今都内で開かれている美術展の情報が概ね手に入る。(これは、ほんの一部)
【みかんの今日の晩ご飯】
「冷凍しておいたレバーとオカラのご飯」
ひょっとして(多分)、、昨日と同じ?
間食(おやつ、散歩、前菜、夜食etc.)にいろいろ。
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